怪木蒐集家 FILE EPISODE 0
老木欅 ― はじめての怪木との出会い
産地:長野県
今から二十年ほど前の話である。
まだ「怪木蒐集家」という名前はない。
ただ、無垢の木に惹かれ、時間を見つけては材木屋を巡っていた頃だった。
長野で、一枚の老木欅と出会った。
樹齢は数百年と聞いた。

その言葉を耳にした瞬間、不思議な感覚に襲われた。
目の前にあるのは一枚の板のはずなのに、その向こうに何百年という時間が立っている気がしたのである。
左側には、山脈のように激しくうねる波杢。
風雪に削られた岩肌を思わせる力強さがある。
右側には、水面へ流れ込む川のような穏やかな年輪。
静かで、どこまでも深い。
一本の木なのに、まるで二つの景色が同居していた。
さらに心を奪われたのは耳だった。

荒々しく残されたその姿には、長い年月を生き抜いた木だけが持つ凄みがある。
傷も、ねじれも、欠けさえも、数百年を生きた証としてそこに残っていた。
私は、この木を自分の手で仕上げてみたくなった。
何度も何度も磨いた。
そして人生で初めて、拭きうるし仕上げに挑戦した。
漆を拭き、乾かし、また拭く。
すると、木の中から静かな声が聞こえてくる。
「まだ見ぬ景色を探しに行け」と。
そのたびに、数百年という時間が少しずつ浮かび上がってくる。
私が磨いていたのは木だったはずなのに、気がつけば、木のほうが私に時間の深さを教えてくれていた。
振り返れば、この老木欅こそが怪木蒐集家の原点である。

一本の木の中に、数百年の景色が眠っている。
その事実に心を奪われた日から、私の怪木蒐集の旅は始まった。
蒐集家記録
樹種:老木欅(けやき)
産地:長野県
推定樹齢:数百年
状態:耳付き・波杢強め・左右異杢・瘤あり
仕上げ:初めての拭きうるし仕上げ
第一印象:一枚の木の中に、数百年の風景が閉じ込められていた。
発見日:約20年前
記録番号:FILE エピソード 0
通称:原点の欅

