楠(くす) ― まだ名前のない家具。
製材所には、いつも木の匂いが漂っている。
積み重なった丸太や板の中を歩きながら、
私は毎回「今日はどんな木と出会えるだろう」と探している。
その日、目に留まったのが一枚の楠だった。
地元・京築地区の森林組合が伐採した木。
決して派手ではない。

縮杢が激しく出ているわけでもないし、
誰もが振り返るような迫力があるわけでもない。
それでも、不思議と足が止まった。
静かに流れる杢目。
根元から先へ向かって細くなっていく、
木が生きていた証そのままの輪郭。
私は、その自然な姿に惹かれた。
普通なら、
「使いにくそうな形ですね。」
そう言われる木かもしれない。
でも私は、そういう木ほど面白いと思う
家具づくりは、木をこちらの都合に合わせる仕事ではない。
その木が持っている形や癖を読み、いちばん美しく生きる場所を探す仕事だ。
この楠を見た瞬間、
頭に浮かんだのはダイニングテーブルではなかった。
収納を組み合わせた、一枚板カウンター。
細くなる形を隠すのではなく、
暮らしの中に溶け込ませる。
「欠点」を消すのではなく、
その木だけの魅力として生かす。
それが、私の考える家具づくりだ。

だから私は、
木を探しているようで、
実は木の未来を探しているのかもしれない。
この楠は、まだ行き先が決まっていない。
でも私は、もう見えている。
この木の前に立ち、
朝のコーヒーを淹れる人。
家族と並んで夕食を囲む人。
何十年も暮らしの景色になっていく姿を。
家具は、図面から生まれるものではない。
一本の木との出会いから、
物語は始まる。
蒐集家記録
樹種: 楠(くす)
状態: 耳付き・先細り・穏やかな杢目
第一印象:
派手さはない。けれど、静かに眺めていると、この木だけが持つ流れに引き込まれた。
入手経緯:
地元・京築地区の森林組合が伐採した楠を、製材所で蒐集。
構想:
収納と組み合わせた、一枚板カウンターとして再生予定。
現在:
行き先未定。
この木が、誰かの暮らしの中心になる日を待っている。
蒐集家メモ
樹種:楠(くす)
楠は、日本を代表する広葉樹のひとつ。
古くから樟脳(しょうのう)の原料として使われ、その爽やかな香りには防虫効果があることでも知られています。
また、数百年という長い年月を生きることから、神社や寺院では御神木として大切にされることも少なくありません。
力強く大地に根を張り、人々の暮らしを静かに見守り続ける木。
だからこそ私は、この木を見るたびに、
ただの材料ではなく「命の時間」を感じます。
一本の木との出会いが、世界にひとつの家具になる。
物語のあるオーダー家具をつくる人。
怪木蒐集家 橋本展洋

